ラッパと鉦(かね)の音と息子、つれづれ

他のことを書こうとしたけど、さっきから近所から聞こえてくるラッパと鉦の音で思い出した。
そうか、今日は息子の誕生日だった。
18才。
微妙な年頃だ。男の子はさっぱりわからない。
複雑だからじゃなくって単純で。

姉妹で育ったわたしには男子高校生なんて同級生の「外の顔」の表情しか知らなかったし。
家の中での男子高校生なんて。

息子は多分、普通だと思う。
この歳では当たり前の「母親との距離を保たねば」という親離れの第一歩を歩んでいる。
学校でのことなどぺらぺら話さないし、誰がどうした、とかも言わない。
言わないけど自分の母親が横のつながりである程度知っている、というのはわかってるようだ。
学校の行事(参観、保護者会などのほう)には「ちゃんと来てよ、何時に出てくると?」と。
体育祭などには「こんでいいから」だって。
観に行ったけど~

だからと遊び歩くわけもなく。といっても昔から校区が繁華街なのでそこまで街に興味がないし。

ごく普通だ。
ときどき、腹筋する時に足にのってくれ、というし、背中を押してぼきぼきしてくれ、とやってくる。
ふと見るとわたしの布団に入り込んで昼寝をしている。
「布団、あっためないでよ。自分の布団で寝てくれ」って言うけど。
親離れしそうでまだなんだな、と。

父親とは世間にあるようなつかず離れず。
一緒にスポーツを観てさわぐけど、学校の話しや友達の話しなど皆無。
「◯君がさあ」なんて言ってたら気持ち悪いか。
娘と父親は雑談をよくしている。

昨日は92冊あるパンダスタンプ(買い物してもらえるスタンプ、冊数で何をもらえるかかわる)をわたしと娘、息子でカタログを見ながら、あーだこーだ。
しみじみカタログをみて「じゃ、オレこれ」
男子高校生がパンダスタンプカタログなどみるな!

「なっちゃん(誕生日だから)iPod買って」と娘に言う。
娘が「なんで!!」って。
「私のオフルあげる、私、新しいの買うから」
「やだ、新しいの買って」
とかなんとか。
なんか変なやりとり。
まあ、ごく普通の家庭って感じ。

18年前、わたしはこのラッパと鉦の音をききながら分娩室でうなっていた。
陣痛計器をおなかに巻いてうなってた横で夫が針の揺れを見ながら「今の痛かった?すごい揺れだったけど」
だって!ムカ!!
誰の子うんどるんじゃ!

息子が産まれた病院は、そう、あの病院。
「こうのとりのゆりかご」の病院。

マリアさまの大きい像が玄関にある。
看護士やシスターのあの格好をした女性が院内にいる。
息子を妊娠した時、流産の傾向があった。
わたしは妊娠はすぐできるけど、継続や出産がへただった。
流れた子どもがたくさんいる。

息子もあぶなかった。
院長は「この薬で止められなかったら無理な治療はやめておきましょう。自然にまかせましょう」と。
幸いだった。

陣痛の時、看護士が後ろで腰をさすらないで聖書を読んだ。
ドラクエで言うなら神官がホイミを唱えたのだろうか。(でも、これはかんべんしてください、さすってくださいませ)
回り方を間違えた息子はとうとう吸引。
出血多量の難産。地獄の処置。
20数針。
3862グラム。でかすぎ。
うなっていた時、窓の外からあのラッパと鉦の音。

この病院に隣接してある老人ホームへ馬と勢子の慰問は恒例。
今日の飾り馬奉納の日。

まあ、陣痛で死にかけてるときあのすごいラッパと鉦の音、きいてごらんなさいな。
気が狂いそうになっちゃうとです!

だからこのラッパと鉦の音を聞くとわたしは必ず分娩室を思い出してしまうのだ。

子どもの誕生日というのは、子どもを祝う日でもあるけど、産んだわたしの歴史の中の大きな「出来事」なのだ。
18年前、地獄の痛みと、出血多量で命がけだった自分へ「よくがんばった、よくぞ生還した」と言ってやりたい日なのだ。

男はそういう修羅場を経験しないからきっとそれらに関しても感情がいまいち希薄なのかも知れないね。

ともあれ、まだ親の庇護のもとぴーちくぱーちくレベルで羽根をばたばたさせ羽ばたく稽古をしている息子は朝からもりもりポテトグラタンを食べて出ていった。

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