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zoom RSS 「私は花子。夫の親族に負けなかった」…って夫の祖母のハナシなんだけど〜最後〜

<<   作成日時 : 2015/11/07 14:04   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 6

わたしの夫の父方の祖母の人生をふりかえってみている。

これで最後。

つづきから

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亡夫の実母を見送り私は安堵した。



嫁の負担も軽くなったことだろう。

姑である私や大姑や、義理の叔母二人がいる家によく嫁いできてくれた。


二人の子どもを抱えみんなのめんどうをよくみたと思う。


商売人の家で育った嫁は小さい贅沢を知っていたからここの生活は苦しいはず。




私は亡夫の実母を見送ってから安心したのか体調が悪くなっていった。



歩くのも難儀で杖が必要になっていた。


註釈*この時、花子は50代前半。
夫からみてものすごい年寄りに見えたそう。
杖をついてよぼよぼだった印象があるとか。




昨日から息子は東京へ出張中。

天気もいい。




私はお手洗いに立った。


廊下を歩いていたらちょっとふらついた。
頭がクラ…とした。




ふんばりがきかない。
手に力が入らない。




「あれ?…なんだかおかしい」



膝が崩れた。
スローモーションのように景色が流れる。



景色が横に見えぼやけていく。





霧がかかった中で周りが慌ただしいのだけわかる。


今と昔、時間が交互し、色んな景色が目の前に広がる…




遠い満州のこと…


蜜柑畑…



夫のこと…


雪が舞うハルビン…



満州で亡くなった二男の事…






夫が待っているような気がする…



でも、息子に言わなければならない…


この土地を出て行きなさい、と。

それまでは死ねない…


夫の親族は夫の満鉄の退職金にまで目をつけていた。

当時、夫が亡くなったと同時に満鉄退職金の名義は息子にかえていた。

それでもそれに目をつけていた。

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註釈*脳溢血だったらしい。
出張で東京駅についた「えありす夫」の父は電報を受け取ってとんぼ返りだそう。
電報って駅にも着くんだ。
寝台列車が着く頃を見計らったんだね。
夫の父は死に目には間に合ったとか。





息子は東京…


帰ってくるまで死ねない…


言わねば…

「この土地を出ていきなさい」と…


註釈*夫の父は東京からとんぼ返り、といっても寝台列車なので大変。
東京を夜に出ても着くのは昼。(寝台列車みずほかな?わたしも東京在住の時に何度も乗った)

昼に着いても寝台列車が出るのは夜。
それまで東京駅で過ごしたんだろうね。

今なら飛行機で一時間半なのに。





息子が帰ってきた…

何か言っているけどわからない。




もう何も聞こえない…

声が出ない…


でもわかっているはず…


夫の姿が見えた…

不思議な事に、夫と子どもたちと暮らした満州の風景が目の前に広がる…
あの頃が一番幸せだったのかも知れない。




もういいかな…
夫の待つところへ行って…


一人で頑張ったもの…
夫の親族から私はこの家を守った…

子どもたちを守った…



もういいかな…
夫も「もういいよ、ごめんね、苦労をかけた」と言ってる気がする…

誰のかわからないけど差し出す手が見える…


私はその手をとった…

力がすーーと抜けていった…



私は夫の元へ旅立った…




註釈*花子54才。永眠。
早いね。



明治に生まれ大正、昭和を生き抜きぬいた花子。
夫とは10年にも満たない生活。



満州では日本の生き様を目の当たりにし、その時代を生きる人たちと出会い別れ…



花子は54才の生涯を閉じ、この花子の物語りの幕を下ろすことにする。

ふとしたきっかけから知らなかった夫の祖母の人生を追うことになり長く書いてしまった。


あの人たちがいるから夫がそこにいて、わたしの子どもたちもいる。


こうやって人は時代を紡いでいくのだと思う。




<後日談>




夫(えありす夫)の両親は一人残った叔母を療養所に預け、家、土地売れるだけ売って街へ出た。


花子の四十九日があけてすぐだから、けっこう素早いこと。


とっととこの閉鎖的な地域を抜けた、ということだね。


街に出てもそれでも親族はおいかけ「土地を安く譲れ」など言ってきたとか。


しばらくして例の手紙(その1、きっかけ)が来たことになる。




例の「えありす夫の父」の叔父の「おまえ(えありす夫の父)の財産はオレたちにも権利がある」という手紙が来たのは夫の両親が街に出て10数年後。


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もちろん系図をみればわかるけど、叔父(太郎弟たち)には権利は無い。

でも長くその家で暮すと権利が発生するかと錯覚を起こすということ。


この手紙をよこした「太郎弟2」。
花子を極悪非道の強欲の塊のように手紙に書いていた「太郎弟2」。

「太郎弟2」の手紙にあった「借金(えありす夫の父が貸したお金)」はどうなったかを夫の母に聞き込んだけど知らない、とのこと。


夫の父しかそれは知らない。
夫の父はとっくに亡くなってるので不明。
踏み倒したんじゃないかな、と思う。



この人の娘(えありす夫の両親と年はそんなにかわらない)は、夫の両親が仲立ちして「夫の母親の従兄弟」と見合いさせ結婚。

つまり夫の両親はそれぞれのいとこ同士を結婚させた、ということ。

父はあんななのにねえ。
父親があんな手紙出したこと知らないんだろうな。


しょっちゅう夫両親の家に遊びに来ていたし。

で、この結婚した二人はのち、わたしと夫の結婚式の仲人をした、という不思議な巡り逢わせ。

(夫の仕事場の上司などをたてるより親戚がいいだろう、ということで)


この仲人をしてくれた夫婦は子はおらず、夫の方は亡くなり妻は病気になり認知症。
東京の甥っ子に引取られ病院に入っている。
夫が公務員だったので年金はけっこうあるので大丈夫そう。






「太郎弟1」は100才過ぎまで生きてこの一家とも「夫両親」はけっこう頻繁に行き来してたらしく不思議な感じ。


で、さらにこの「太郎弟1の孫娘」の友人(女性)がうちの子の学校のPTAでわたしと一緒に。

その関係でいろいろ悶着(わたしが被害を被る)があった、という小ネタまで発生。



どこどこまでも、A家(わたしとわたしの子を含め)の者にB家の関係でいざこざがついてまわる、という変な宿命だね。





それにしても証文や家系図や古い手紙からこの「花子の物語り」を書いてしまったけど、夫の家は転勤族だったのに明治時代からの証文などをよくぞ持ってあるいたもんだと感心。






そういえば、こんなのもあった。


「戦時国債」

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イラストがすごい。

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うちの母の実家は戦前は郵便局でやっぱり国債をたくさん買ってたそう。
戦後、(わたしの)祖父が「紙切れになってしもた」と庭でばんばん燃やしていたとか。


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大東亜戦争だって

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勧銀のも。

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利息を分割して貰える仕組み。
二度しかもらってなかったみたい。

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時代を感じさせるけど決して大昔のことではなく、花子のような女性は日本中にごまんといた。



あなたの母や祖母や伯母や叔母かも知れない。


そんな人たちが必死で生きた上にわたしたちの今がある、ということを忘れてはならない、と思った。





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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
女の一生。
激動の時代に生きた一人の女性の姿が見えました。
この時代の女性はおおかた このような人生を過ごしたのでしょうね。でも若い死でしたね。

それにしてもいろんな債権というか 国債がよく残っていましたね。
現在は各銀行で1000万迄は保全される様ですが
当時は紙切れになったなんて怒りですね。



ノクターン
2015/11/08 18:59
>ノクターンさん

この花子さんは激動の人生でしょうけど、幸せだったと思います。

戦争に巻き込まれることもなく飢えたこともなかったのであの時代を生き抜いた明治の女としては幸せな方かも知れませんね。

ほんといろんな古い物が残っていたと思います。

うちの祖父は腹いせに全部焼いたそうですって。

戦時国債は戦時だからこそなんでしょうけど。
満鉄の退職金の残りの7000円。
もったいなかったです。
戦争前に全部おろしとけばよかったのにと。

同じような人がたくさんいたことでしょう。
えありす
2015/11/08 21:52
皇室記事を探していて読むようになりました。
花子さん、よく頑張りましたね。
えありす様のご主人が無事に成長できたのも花子さんの努力のおかげでしょうね。

うちもお迎えが近い主人の両親亡き後、結婚せず30代まで祖父母に依存して生きてる主人の甥や姪がいて財産分与が心配です。(その子たちの親は亡くなっているので)
他人の財産で生きて感謝できない人が身近にいるので困ったものです。
毎回記事の更新を楽しみにしています。
もみじ
2015/11/08 22:53
>もみじさん

いらっしゃいませ。
皇室記事は時々しか書いてないのですけど、日本を大事に思うとどうしても憤慨する事が多くなってきてつい記事にしてしまってます。

花子の物語り、読んで下さってありがとうございます。
系図や残されたものでできるだけ真実に近いように書いてみました。

もみじさんの御主人の亡くなられたご兄妹は気の毒ですが、祖父母に依存する孫たちが心配ですね。

亡くなった親のかわりの権利が発生しますのでそれをあてにしている孫たちというのも…
どこの一族も色々なものを抱えてますね。

おかしげな事ばかり書いていますが、これからもよろしくお願いします。

えありす
2015/11/09 00:24
最後まで読まないと気になって(^^ゞ

花子さん、すごい一生だったけど、昔の女性って今の人に比べると皆さん、逞しかった気がしますね。
私たちも負けてはいられませんね(^^)/
のん子
2015/11/10 21:20
>のん子さん

花子さん、大変な人生だったですよね。
昔の人は時代の波をもろにかぶりますもん。
わたしたちも負けちゃいられません。

あの時代の人たちが守った日本をわたしたちも守らねば、ですね。
えありす
2015/11/10 23:21

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