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zoom RSS 「私は花子。夫の親族に負けなかった」…って夫の祖母のハナシなんだけど〜その2〜

<<   作成日時 : 2015/10/26 14:43   >>

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「その1」

http://bibi07.at.webry.info/201510/article_27.html


のつづき


-------------------------------------緑文字は私がつけた註釈



私は花子。

生まれ育ったのは地方の田舎の町。

明治も終わりの頃。


東京では華やかで賑やかな大正時代が繰り広げられていたらしいけど、私には別の世界のこと。







小さな港には小さな舟が毎日漁に出ている。
遠く有明海の向こうには晴れると雲仙岳が望める。



山がすぐ迫り、その山には一面橙色の蜜柑が輝く。

日本のどこにでもある風景。


風光明媚な小さな町。



この世界以外を知らないからこれが幸せだと思っていた。





時は、日本が黎明期から繁栄へと登り詰めていく途中だった。

華やかな反面、地方都市には光は当たらず貧しい者は貧しく、身分が違えば生活は雲泥の差。





新聞で朝鮮半島を併合し国の税金はそこへつぎ込まれていたことを知り、周りの大人が「悔しいけど辛抱ばい。ロシアが迫って来てるから」と言っている。


私が生まれる数年前、我が大日本帝国はロシアに勝った。

薄氷を踏む勝利だったけど、日清戦争後に「三国干渉」によって奪われた遼東半島を取戻し満州鉄道も得た。


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日本はこれから発展すると思っている。


藩主であった細川様は侯爵になられていた。




註釈*何の書き付けか解らないけど細川護成の名前が。

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*細川侯爵
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我が大日本帝国は欧米列強国にならい負けじと世界に進出していた。

こんな私でもアジアが侵蝕されていくのを知っていた。
日本もそうなってはいけない、と漠然とは思っていた。




おりしも、大正天皇が崩御され、昭和天皇が即位された。

それからしばらくして私は同じ町の太郎の元へ嫁入りすることになった。


註釈*夫の父方の祖父母がどうやって婚姻を結んだかは不明。
見合いか恋愛かはわからない。






夫の太郎の家はこの辺り一帯の土地の所有者。
蜜柑畑や田んぼなどを見渡す限りもっている。


海と山に囲まれた小さな平野部の多くがこの家のものだったという。



註釈*同じく同じ町村に育った夫の母が周りから言い伝えられてきた文言や、古い書類などからそれらがうかがえた。

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そんな家に嫁に来た私、花子。


20才。

夫、太郎は28才。



住友銀行に勤めていた。


*財閥系の住友銀行がこの地方にもできていて数年、このいなかから街へどうやって通ったのか不明。
最寄りの駅というのもないし。
街のどこかに下宿でもしていたのか?不明。






私、花子がA家に嫁いできた時にはA家の両親はすでに亡くなっており、夫の太郎がこの家の家督相続をし、家長だった。


私はこの家の家長の妻となった。





夫はこの家の養子。


従ってA家の血は無い。




A家の夫婦にはとうとう子どもができなかった。


子どもができないまま舅は亡くなった。
他にA家を名乗る者がこの地域に誰一人いない。

この舅の死でA家の血筋は全て途絶えたことになる。




註釈*A家の姓の者が全くこの地域にいないのが不思議。
太郎の養父にあたる人には兄弟もおらず、またその父親も兄弟がいない。
不思議。

だけど戸籍は江戸末期まできちんと遡ることができている。

書き手のわたしもA家の姓を名乗っているけど、この姓を名乗る意義はあるのかな?
うちの実家のほうが「名」はあるのに。(「名」だけだけどね。実はなし〜)




舅亡き後、姑は自分の弟の二男「太郎4才」を養子としてA家に迎え入れた。


姑は甥を養子に迎え、その5年後には亡くなった。



その養子が私の夫だった。



夫はこの家の養子。
その養子に私は嫁入りした。




こういうことは周りには当たり前にあるので私は驚きはしなかった。
子どもがいないなら親戚から養子をもらい、その家を存続させるのは当たり前の社会。

そうやって家を存続させてきた。


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だが、嫁いで来て私は仰天した。




すでに夫の親という人たちが亡くなっているのは知っていた。


その、A家の太郎へ嫁いだつもりだった。




が…


そこにはA家と全く血縁関係のない夫の実父母と太郎の兄弟、妹たちがそのA家に住んでいたのだった。


男5人、女3人の兄弟の中の二男が夫。





当たり前のように、自分の家として20数年以上その一家は暮らしていた。




夫が養子になった4才の時から、私がこの家に嫁いできたこの日まで。
そのB家一家はA家の財産を食みながら生きていた。

両親、夫の兄弟たち。
A家の血が無い、夫・太郎を入れて10人がA家の財産を売りながら食べていた。





夫の父は江戸末期生まれ。

警官をしていた、とは聞くが定かではない。


註釈*「その1」のわたしの夫の父に手紙をよこした夫の大叔父。その手紙の内容に「父は警官をやめ」と書いてあった。
ソースはそれしかないのでもう確かめようは無い。
わたし(えありす)の夫の母親も嫁なのでそこまで知らないらしい。






私が嫁いで来た時は警官もしていない。

このA家の財産を売って食べていたのだと私には解った。





夫・太郎の実父は姉の夫が亡くなった翌年、

「姉の嫁ぎ先のA家」へ「次男の太郎」


を養子にやると同時に自分たち一家も入り込んでいたのだった。



そして太郎の養母、つまり「太郎の父の姉」「太郎の伯母」

が亡くなった後、A家は完全に太郎の実父の勢力下となり財産を自由にしていた。




子どもだった太郎は親がしていることであり、それがどういうことかは全く理解はできていなかったに違いない。




私はA家の太郎の元へ嫁いだつもりが、A家に巣くう「太郎の実父母とその兄弟一族のB家」に嫁いだようなものだった。





夫の養母と夫の実父は姉弟。


太郎父はA家に嫁いだ姉が亡くなった時、自分たちがA家の養子として入り込もうとしていたらしい。



だが、法律がそれを止めた。

なぜなら夫の実父は前はC家の者。
二度も養子になることはできないらしい。



C家からB家へ養子に行き、今度はA家の養子になろうと目論んだらしい。


「今度はB家からA家へ」は出来なかったと本人たちは言うけど私には法律の事はよくわからない。



註釈*これはあくまで伝聞。

今の法律でいうなら何度でも養子にいけるみたい。
1の養子になっておいて2の養子にもなれるし3の養子にもなれるとか。
複数の養子になれ、その養親の財産分与の権利は生じるとか。

太郎実父がA家の養子になったという戸籍への書込みは無し。

ふえ〜〜?




だから二男である太郎を姉の養子に入れ、今度は親として「そこの財産を自由にするつもり」だと私は理解した。







私は、箪笥から夫の養父が亡くなった年以降の日付の証文をたくさん見つけ出した。
太郎の養父が死んだ後、すぐに太郎の実父は動き出している。





夫の実父がA家の土地を、何度も何度も売り飛ばしている証文が大量にあった。


A家の土地なのに売り主は全部、夫の実父の名前。

全部の証文に夫の実父の名前。

太郎の養母が亡くなった時、太郎は9才。
太郎が私と結婚するまで、太郎の父親の勝手な売買はずっと続いていた様子。


A家の財産はB家の者がむさぼっていた。

しかもその姉と弟はC家の者。


C家の者がA家を喰らう。







私の夫が家督相続した太郎名義の土地を、姓が違う夫の実父が売ることができるのだろうか。

私には不思議だったが、私の知らない過去のところで起きていたこと。


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おびただしいほどの土地を売った証文に私は驚愕した。

夫・太郎の父親は息子の養子先の財産を我がものとし、自由に売り飛ばしていたのだった。



そのお金で夫の兄弟たちは学校に行っている。

亡くなった者はのぞいてみんな高等教育を受け教師になったりそれなりになっている。





私が嫁いだA家には、夫の元の姓であるB家一族が我が者顔で住み、財産を勝手に売り生活していた。





私はB家一族からしてみたらただの客。
よそもの。

突然あらわれた娘っこ。






背筋がぞっとした。




夫の太郎の父親とその姉、姉弟は元々はC家出身。

姉はA家に嫁ぎ。
弟はB家に養子にいき、姉の嫁ぎ先へと侵蝕の手をのばした。



C家の姉弟は結託し、A家の財産を好き放題にしていたのだと私は認識した。



考えたら恐くなってきた。



私はどうしたらいいのだろうか。




私はこれからずっとこの一族をたからせて生きていかねばならないのだろうか、と。





つづく



明治の人たちってたくましいな、と
思ったらぽちっとね




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
何かスゴイ話やね〜。
事実は小説よりは奇なり!って、そのままやん!

私は花子さんに頑張って欲しいけど、どうなるんやろ?(ドキドキ)
のん子
2015/10/26 22:10
>のん子さん

そうなんです。

うちの夫と話していて

「事実は小説より奇なり」だよね、が連発でした。


花子さん。

もっと、波瀾の人生が待っていました。

えありす
2015/10/26 22:45

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「私は花子。夫の親族に負けなかった」…って夫の祖母のハナシなんだけど〜その2〜 えありす万華鏡/BIGLOBEウェブリブログ
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